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(いつものぺそ)

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マジで、なんというか、あの…アレのせいで大量にね、設定だけがある子達が結構居るんですよね…。ヤツが来るので外見をつけてやりたいなと思ったんですけど、いきなりは難しいね…。
(絵の中でつい魂のスターシステムの事を普通にスターシステムと言ってしまっていますが、魂のスターシステムです)(当たり前のように言われてもわかりませんが?)

なんか、四大精霊っぽさとか、あの…ね。めちゃくちゃ良いよなこれ。

メモ(AI生成)

高原の風は乾いていた。
初夏にしては冷たく、草の穂を逆立てるように吹き抜けていく。空は高く、雲は薄い。遠くの山脈が青く霞んでいる。
ユグレシア・テラヴェルは、その只中に立っていた。
白衣の裾が風にあおられる。旅装にしては不釣り合いな研究者の衣だが、彼女は頑なにそれを着続けている。腰下でひとつに結んだ長い銀髪が揺れ、金の瞳が細められた。

「きみ、逃げなくていい」

しゃがみ込み、掌を差し出す。
相手は角を持つ小型の獣。かつてはこの一帯を群れで渡った種だが、今では数えるほどしか確認されていない。ユグは視線を落とし、獣の呼吸と鼓動を読む。
魔法は使わない。
支配は容易い。だが、彼女が求めているのは服従ではなく、種の本来の力だった。

「ぼくは敵じゃない」

声は淡々としている。情熱的でもなく、慈愛に満ちてもいない。ただ事実を述べるだけの響き。
指先にだけ、微かな光が宿る。肉体強化の術式。オルヴィス家が体系化した、極限まで精密な身体制御の魔法だ。筋肉、血流、体温、魔力の流れ。すべてを静かに最適化する。
獣が一歩、近づく。
ユグは目を閉じ、わずかに息を整える。
採取は短時間で終わった。結晶器具に封じられた淡い光が、静かに脈打つ。

「ありがとう」

立ち上がると、すでに彼女の意識は次へ向いている。感謝は本物だが、余韻は残らない。役目が終われば、関係も終わる。
それがエルフの気質なのか、彼女個人のものなのか、本人も考えたことはない。
白衣の袖を払った瞬間、空気が変わった。
殺気は、祈りの匂いをまとっている。

「――魔女ユグレシア!」

声は丘の上から。
ユグは振り返り、わずかに口角を上げた。

「きみ、相変わらず声が大きいね。鳥が逃げる」

黒衣の男が駆け下りてくる。長身、硬質な足取り。腰の剣は抜かれていないが、その手はいつでも柄を掴める位置にある。
ガブランディアス・ドミナティウス・ヴェスティア。
異端審問官。
かつてはただ厳格なだけの男だった。今は、どこか焦燥を抱えている。

「偽名を名乗るな。オルヴィスの血は隠せん」
「隠してるつもりもないけどね。ぼくはぼくさ」

言うなり、ユグは踵を返した。
走る。
草を踏み分ける音が続く。彼女の脚力は人間を軽く凌駕するが、本気ではない。背後の足音が追いつける速度を、無意識に選んでいる。

「止まれ!」
「止まったらきみ、怒鳴るだろ」
「当然だ!」

そのやり取りの最中、腕を掴まれた。
予想通りの距離。予想通りの角度。
がくり、と体勢を崩し、背中から草地へ倒れる。乾いた草が潰れ、土の匂いが立ちのぼる。
ガブの影が覆いかぶさる。

「抵抗しろ。魔女らしくな」
「きみが望むなら」

ユグは笑わない。ただ真っ直ぐに見上げる。
魔法を使えば、この拘束は一瞬で解ける。筋力強化も、転位も、幻惑も、いくらでも手段はある。
だが彼女は使わない。
人間の体温が、重みが、息遣いが、こんなにも生々しいのは久しい。

「……なぜだ」

ガブの声が低くなる。

「何が?」
「なぜ、私の前では無防備になる」

ユグは少し考えた。
答えは明確ではない。ただ、単純だ。

「きみが本気で怒ってるとき、魔法を使うのはずるい気がしてね」
「馬鹿なことを言うな」
「きみは強いよ。信仰に縋ってるけど、それだけじゃない」

沈黙が落ちる。
風が白衣を揺らし、黒衣の裾をはためかせる。
ガブの視線は、責めるようでいて、揺れている。
かつて一度、理性を踏み越えたことがある。その事実が彼を縛っている。彼はそれを“魔女の誘惑”と呼ぶことで、自分を保っている。
ユグはそれを否定しない。
否定すれば、彼は崩れる。

「……次はどこへ行く」

問いは苦し紛れのものだった。

「北の湿原。珍しい水棲植物が残ってるらしい。放っておくと干上がる」
「貴様はいつも、そうやって」
「世界は忙しい。きみを相手にしてばかりもいられない」

そう言いながら、彼女は体をひねる。計算された角度で重心を外し、ガブの拘束を抜けた。
立ち上がり、白衣を整える。

「また追うのかい」
「……当然だ」
「じゃあ、道に迷わないことだね。湿原は足を取られる」

ガブは何も答えない。
ユグは数歩離れ、振り返る。
その目にあるのは愛でも憎しみでもなく、ただ世界そのものを見つめるような遠さだ。

「きみはぼくを魔女と呼ぶ。でもね」

一瞬だけ、声が柔らかくなる。

「ぼくはこの世界が好きなだけだよ」

次の瞬間、彼女の姿は草原の向こうへと遠ざかっていった。
ガブはその背を見つめ続ける。
追わずにはいられない。
裁かねばならない。
それでも、あの背を見失うことのほうが、今は恐ろしい。
高原の風が、二人の間を吹き抜けていった。



北へ向かうにつれ、空気はゆっくりと湿り気を帯びていった。
乾いた高原の匂いは薄れ、代わりに水と腐葉土の気配が強まる。足元の土は柔らかく、踏みしめるたびにじわりと沈む。低い雲が垂れ込め、光は白く拡散している。
ユグレシアは湿原の縁で立ち止まり、白衣の袖を軽くまくった。

「……なるほど。思ったより進行が早い」

視線の先には、水位の下がった浅瀬と、露出した泥のひび割れ。その中央に、淡い青の花をつけた水棲植物が群生している。花弁は薄く、硝子のような質感を持ち、わずかな風にも震えていた。
この地方固有の種。湿原が縮めば、真っ先に消える。
ユグは足を踏み入れる。靴底がぬかるみに沈み、ぶくり、と小さな泡が浮かんだ。

「きみたちは水がないと駄目だ。……でも、水は減っている」

独り言のように呟きながら、彼女は腰の小型魔導器具を取り出す。結晶板に魔力を流すと、淡い光が植物群の上を走った。生命反応、魔力循環、繁殖周期の計測。
オルヴィス家の術式は、観測においても極めて精密だ。
ユグは膝をつき、泥に触れた。冷たい。水脈はまだ生きているが、浅い。

「少し手伝うよ」

指先に魔力を集中させる。地中深くまで届くよう、繊細に、しかし力強く。土の粒子を崩さず、水の流れだけを誘導する。
ぐ、と地面がわずかに震えた。
数秒の後、遠くで水音がした。ちろちろ、と細い流れが戻り始める。即効性はない。だが、時間は稼げる。
ユグは小さく息を吐いた。

「これで、今季は持つ」

そのとき、背後で水を踏み抜く音が響いた。
ばしゃり、と派手に。
ユグは振り返らない。

「きみ、湿原は初めてかい」
「……っ、黙れ」

低い声とともに、さらに一歩。今度は足を取られたらしく、ぐらりと体勢が崩れる気配。
ユグは肩を揺らした。

「ほら言った。足を取られるって」

振り返ると、黒衣はすでに泥にまみれていた。裾は重く濡れ、長靴のような軍靴も半ば沈んでいる。
ガブは険しい顔で彼女を睨む。

「罠か」
「自然現象だよ。きみは被害妄想が強い」
「貴様がいる場所はすべて疑わしい」
「光栄だね」

ユグは立ち上がり、ゆっくりと彼のほうへ歩いていく。足取りは安定している。泥の沈み方を読んでいるのだ。
ガブが腕を伸ばした。
今度は逃げない。
彼の手が白衣の袖を掴む。湿った布が指に絡む。

「何をしている」
「保全だよ。見てわからない?」
「魔術で水脈を弄っていたな」
「弄る、は語弊がある。調整だ」

ぐい、と引かれる。足場の悪さもあり、二人の距離が一気に縮まる。胸元が触れそうなほど近い。
湿原の匂い。水と泥と、草の青臭さ。

「貴様は世界を歪めている」
「きみは世界を固定しようとしている」

視線がぶつかる。
ガブの瞳には怒りがある。だが、それだけではない。追い続ける者特有の執着が、そこに沈んでいる。

「……どうして、逃げない」
「逃げてるよ」
「本気ではない」

ユグは少し考え、首を傾げた。

「きみがいるから、少し遅くしてる」
「なぜだ!」

声が荒くなる。足元がさらに沈み、二人同時に体勢を崩した。
どさり、と泥に倒れ込む。
冷たい感触が背に広がる。白衣が汚れるのも構わず、ユグは仰向けになったまま空を見た。雲が低く流れている。
ガブが覆いかぶさる形になる。腕で支えているが、顔は近い。

「……立て」
「きみがどいてくれればね」
「ふざけるな」

だが、どかない。
ほんの数秒、互いの呼吸だけが聞こえる。
ユグは泥のついた指先で、ガブの頬に触れた。黒い土が、白い肌に筋を描く。

「似合わない」
「何がだ」
「泥だらけの審問官。きみは石造りの聖堂のほうが似合う」

ガブの喉がわずかに動く。

「……貴様は、なぜそこまでして守る」
「消えるのが嫌だから」

即答だった。

「長く生きるとね、消えるものが多い。きみはまだ知らないだけ」

その声音には、珍しく重みがあった。
ガブは言葉を失う。
ユグは視線を逸らし、空を見たまま続ける。

「ぼくは魔女でも構わない。でも、消える種を見過ごすほうが、よほど罪だと思ってる」

湿原に、風が渡る。
青い花が一斉に揺れた。
ガブはゆっくりと身を起こす。そして、彼女の腕を掴んだまま言う。

「……次も追う」
「知ってる」
「逃げるな」
「努力はするよ」

ようやく二人は立ち上がる。泥にまみれたまま、奇妙に並んで立つ。
遠くで、水の流れる音が続いている。

「きみ、少し手伝う?」

ユグがさらりと言う。

「何をだ」
「水路の固定。ぼく一人だと時間がかかる」

ガブは眉をひそめる。
だが、剣を抜かない。
湿原の空は重く、それでもどこか明るかった。
二人の追いかけっこは、まだ終わらない。



湿原の補強は、思いのほか時間がかかった。
ユグは地中の水脈を読み取り、崩れかけた流路を少しずつ整えていく。大胆に力を流せば一時的に満たすことはできる。だが、それでは土地そのものが歪む。彼女が望むのは“延命”であって“改変”ではない。

「そこ、踏まないで。きみ、重い」
「失礼なことを言うな」
「事実だよ」

泥に足を取られながらも、ガブは指示通りに動く。剣の代わりに木杭を打ち込み、水路の縁を固定する。黒衣はすでに泥色だ。異端審問官としての威厳は見る影もない。
それでも彼は黙々と手を動かす。
ユグは横目でそれを見ながら、ほんのわずかに目を細めた。

「きみ、命令されるの嫌いじゃなかった?」
「命令ではない。状況判断だ」
「素直じゃないな」

水面が安定し始める。青い花の根元に、ゆるやかな流れが戻る。
やがてユグは手を止めた。

「……こんなものかな」

魔力の余韻が指先に残る。体内を巡るそれは静かで、澄んでいる。彼女の魔法は、いつもどこか理知的だ。
ガブは杭を打つ手を止め、彼女を見る。

「これで救われるのか」
「今季はね。来年はまた来る」
「永遠ではないのだな」
「永遠なんて、だいたい幻想だよ」

ユグはさらりと答える。
その横顔は淡泊で、しかしどこか遠い。
湿原を出るころには、空はすでに夕色を帯びていた。雲の隙間から橙の光が差し込み、水面を鈍く照らす。
ぬかるみを抜け、固い地面に戻ったとき、ガブがようやく口を開いた。

「……なぜ、私を置いていかない」

ユグは歩みを止めずに言う。

「置いていってるつもりだけど」
「違う。本気で振り切れるだろう」

その問いは、これまで何度も飲み込まれてきたものだ。
ユグは少し考え、それから肩をすくめた。

「きみが追ってくるから、世界が少しだけ賑やかになる」
「ふざけているのか」
「半分は本気」

振り返る。金の瞳が、夕光を受けて淡く光る。

「ぼくは長く生きる。きみはたぶん、ぼくより先にいなくなる」

唐突な言葉に、ガブの表情が強張る。

「だから、今くらいは」

そこで言葉を切る。

「……今くらいは?」
「きみに追われてあげてもいい」

冗談めかした調子。だが、完全な嘘でもない。
ガブは拳を握る。
怒るべきなのに、怒鳴れない。

「私は貴様を裁く」
「うん」
「必ずだ」
「うん」

ユグは笑わない。ただ受け止める。
しばらく沈黙が続いた。
やがて、遠くに街の灯りが見えてくる。湿原の管理をしている小さな宿場町だ。

「きみ、その格好で帰るの?」
「……」

黒衣は泥だらけだ。
ユグは白衣の裾を軽く払う。こちらも大差ない。

「宿で湯を借りよう。研究費はある」
「魔女の金など」
「じゃあ外で乾かす? 夜は冷えるよ」

数秒の葛藤の後、ガブは低く言った。

「……借りるだけだ」
「素直」
「黙れ」

町へ入ると、夕餉の匂いが漂っていた。焼いた肉と香草、麦酒の香り。人々のざわめき。
ユグは自然に人波へ溶け込む。男装のエルフは珍しいが、旅人として見ればそれほど目立たない。白衣だけが少し浮いている。
ガブは距離を保ちながら後を追う。
逃げない。
逃げないことを、互いにわかっている。
宿の前で、ユグが立ち止まる。

「きみ、同室は嫌?」
「当たり前だ!」

声が大きい。通行人が振り向く。
ユグはくす、と喉で笑った。

「冗談だよ。きみは本当にわかりやすい」
「貴様がからかうからだ!」
「だって面白い」

その一言に、ガブは言葉を失う。
怒りたい。だが、彼女の言う“面白い”には、悪意がない。ただ純粋な観察者の興味があるだけだ。
それが余計に腹立たしい。
宿の扉を押し開けると、暖かな空気が迎える。
灯りの下、ユグはふと足を止め、横目で彼を見る。

「きみ、いつまで追うの」
「死ぬまでだ」

即答。
ユグはほんの一瞬だけ、目を細めた。

「じゃあ、きみが死ぬまでだね」

軽い調子のまま、そう言って中へ入っていく。
ガブはその背を見つめる。
裁くために追っているはずなのに。
なぜか、その背が消えることのほうが怖い。
宿の灯りが、二人の影を床に落とす。
追う者と、追われる者。
距離は近いまま、決して触れきらない。
その均衡が、今はまだ保たれている。



宿は古い木造で、床板は歩くたびに軋んだ。
二階の廊下を進みながら、ユグは鍵を指先で弄ぶ。受付で迷いなく二部屋を取った。隣同士だ。

「逃げないのか」

背後から低い声。

「逃げる理由がない」

振り向きもせずに答える。

「きみはここにいる。ぼくは湿原の経過を明日確認する。それだけ」

淡泊な口調。だが、扉を開ける前に、ほんのわずかに足を止めた。

「……それとも、きみは同じ階が嫌だった?」
「そういう問題ではない!」

廊下に声が響く。隣室の客が咳払いをした。
ユグは肩を揺らす。

「声、大きいよ。異端審問官」

自室に入り、扉を閉める。だが鍵はかけない。
向かいの扉が乱暴に閉まる音がした。
部屋は簡素だ。小さな机、寝台、洗面台。窓の外には街の灯りが見える。湿原の湿気がまだ衣服に残っている。
ユグは白衣を脱ぎ、椅子に掛ける。泥の跡が乾き始めていた。
掌を見つめる。
今日触れた水脈の感触が、まだ体内に残っている。魔力は静かに巡り、乱れはない。オルヴィスの術式は、肉体と精神を極端なまでに均衡へ保つ。
感情の波は小さい。
けれど、ゼロではない。
隣室から足音がする。床板がきしむ。
しばらくして、ノック。
三回。律儀だ。

「……何」

扉越しに声をかける。

「鍵が、かかっていない」
「知ってる」

沈黙。

「不用心だ」
「きみがいる」

その一言で、向こうが黙る。
やがて、低い声が落ちた。

「私は貴様を裁く」
「うん」
「だが……」

言葉が続かない。
ユグは椅子に腰かけたまま、扉を見つめる。

「入る?」
「入らん!」
「じゃあ廊下で立ってるの?」

苛立った気配のあと、扉が開いた。
ガブは部屋に入らず、敷居の内側で止まる。半歩だけ踏み込んだ位置。境界線を越えきらない。

「……確認だ」
「何を」
「逃亡の意思がないか」
「ないよ。今夜は」

淡々と答える。
ガブの視線が部屋を一巡する。窓、机、白衣、寝台。
そしてユグに戻る。

「なぜだ」
「何が」
「なぜ、私を拒まない」

問いは、以前よりもずっと静かだった。
ユグは少しだけ考え、それから立ち上がる。距離を詰める。だが触れない。

「きみがぼくを拒めないのと、同じ理由じゃない?」

ガブの眉が寄る。

「私は拒んでいる」
「追ってるのに?」

言葉が詰まる。
ユグは至近距離で彼を見上げる。金の瞳は穏やかだ。

「きみはぼくを魔女と呼ぶ。でも本当は、ぼくが何をしているか見ている」
「……」
「消えそうなものを、繋いでるだけだよ」

その声に誇張はない。
ガブは拳を握る。

「貴様が正しいとは限らん」
「もちろん」

即答。

「でも、きみは今日、杭を打った」

湿原での泥だらけの姿が脳裏に蘇る。
ガブは目を逸らす。

「状況判断だ」
「うん」

ユグはそれ以上追及しない。
ふと、窓の外を見る。

「きみは人間だ。寿命は短い」

唐突な話題に、ガブが顔を上げる。

「だから何だ」
「きみが死んだら、ぼくはまた一人で歩く」

静かな声。

「……当然だ」
「でも、今は隣にいる」

一瞬だけ、部屋の空気が変わる。
ユグは自分でも驚くほど、率直だった。
ガブは喉を鳴らす。
怒鳴れない。
剣を抜けない。

「私は……」

言葉が見つからない。
信仰も、義務も、使命も。
それらは彼を支えている。だが同時に、縛ってもいる。
ユグはふっと息を吐いた。

「きみ、今日はもう休みなよ。明日も追うんだろ」
「……ああ」
「体力は大事だよ。人間はすぐ壊れる」
「貴様は壊れないとでも?」
「ぼくも壊れる。ただ、修復が少し長持ちするだけ」

軽い調子に戻る。
ガブはしばらく彼女を見つめ、それから背を向ける。

「鍵をかけろ」
「考えとく」
「必ずだ」
「善処する」

扉が閉まる。
今度は向こうの部屋で、確かに鍵のかかる音がした。
ユグはしばらく立ち尽くす。
やがて、静かに寝台へ腰を下ろす。
隣から微かな物音。寝台の軋み。
壁一枚隔てた距離。
逃げない夜。
エルフの長い時間の中で、人間の一夜はあまりにも短い。
それでも――

「きみが死ぬまで、か」

小さく呟く。
その言葉に、ほんのわずかな重みが混じる。
窓の外で、街の灯りが揺れていた。



朝の光は容赦がなかった。夜のやわらかさを一片も残さず、窓からまっすぐ差し込んで、寝台の端と床板を白く照らしている。壁一枚向こうにあったはずの距離は、もう元通りに戻っていた。ガブはすでに身支度を整え、黒衣をまとっている。その顔はいつも通り厳格で、昨夜の気配はどこにも見当たらない。
ユグは椅子に腰かけ、湿原の記録を手帳に書きつけていた。筆致は速く、迷いがない。水位の変化、群生範囲、根系の状態。感想や余韻の入り込む隙間はない。

「貴様は、それを書き終えたら忘れるのか」

不意に投げられた問いに、ユグは顔を上げた。

「忘れないよ。記録は残る」
「そうではない」

ガブは一歩、机に近づく。視線は手帳ではなく、彼女自身に向けられている。

「個体のことだ。昨日の獣も、あの花も。名もない一つ一つを、貴様は覚えているのか」

ユグはペン先を止めた。質問の意図を測りかねているように、ほんのわずかに目を細める。

「全部は無理だ。傾向として整理する。種として残す。それが目的だからね」

淡々とした返答だった。
ガブの喉が動く。

「では、私はどうなる」

ユグは眉を寄せる。

「どうなる、とは?」
「私が死んだら、貴様の中でどうなる」

部屋の空気が硬くなる。窓の外で荷車の軋む音がしたが、二人は動かない。

「きみは人間だ。いずれ死ぬ」
「それは知っている」
「ぼくは見送る側だ」
「それも知っている」

ガブは机に手をついた。木が軋む。

「その後だ。貴様は、私を“例”にするのか。短命種の一例として整理し、次へ進むのか」

ユグはしばらく黙っていた。彼女にとって“個”は、常に大きな流れの中の一要素だった。長い年月を生きるうちに、そうしなければ耐えられなくなる。全てを同じ重さで抱え込めば、心が摩耗する。

「整理はする」

正直な答えだった。

「忘れるわけじゃない。ただ、薄まる」

ガブは笑った。皮肉ではなく、諦めに近い笑みだった。

「同じだ」
「違う」
「違わない。唯一ではないということだろう」

ユグは視線を落とす。彼女の金の瞳は、怒りよりも困惑を帯びている。

「唯一である必要があるのか」
「ある」

即答だった。

「私は、貴様の長い時間の中の、数ある通過点の一つで終わりたくない」

その言葉には、裁きの刃も、信仰の硬さもない。ただの人間の恐れがある。忘れられることへの恐れ。自分が特別ではないという事実への拒絶。
ユグはゆっくりと立ち上がり、机を回り込んで彼の正面に立った。

「きみは特別だよ」
「“今は”だろう」

言い返す声は低い。
ユグは否定しない。否定できない。

「ぼくは、全部を同じ重さで抱えられない。きみ一人に、何百年分の重みを与えることはできない」
「ならば、私は軽いままか」
「軽くはない」

彼女の声がわずかに硬くなる。

「きみは、ぼくの旅路の中で、例外に近い」
「例外“に近い”」

言葉尻を掴まれ、ユグは口を閉ざす。
エルフの論理と、人間の感情は、きれいに噛み合わない。彼女は未来へ繋ぐことを第一に考える。彼は、今ここにいる自分の価値を求める。

「きみは、ぼくに忘れられたくないんだね」

静かに確認するように言う。
ガブは目を逸らさない。

「忘れられたくない」

その告白は、ほとんど懇願に近かった。
ユグは息をつく。長い寿命の中で、何度も向き合ってきた問いだ。誰かに特別であり続けることはできない。だが、今を特別にすることはできる。

「きみが生きている間は、薄めない」

ゆっくりと言う。

「記録としてではなく、個として見る。例にはしない」
「死んだら?」
「そのときは……」

言葉が続かない。

「そのときは、きみももう文句は言えない」

冗談めかそうとしたが、うまくいかなかった。
ガブは小さく息を吐く。

「残酷だな」
「きみもだよ」

ユグは視線を合わせたまま言う。

「ぼくが何度見送ってきたか、きみは知らない。特別にし続けることは、ぼくにとって傷を増やすことだ」
「それでも、私は特別でいたい」

人間のわがままだ、と自嘲気味に続ける。
ユグはその言葉を受け止める。理解はできる。共感は、完全ではない。

「きみは、ぼくにとって“唯一”ではない。でも、“代替”でもない」

慎重に選んだ言葉だった。

「きみが死んだら、同じものは二度と現れない。それは保証できる」

ガブの目がわずかに揺れる。

「……本当か」
「きみの代わりは、いない」

それは事実だ。種としては代替可能でも、個としては再現できない。ユグはようやく、その違いを言語化した。
沈黙が落ちる。
怒りは完全には消えないが、鋭さは鈍る。
ガブは背を向け、窓の外を見た。

「ならば、せめて生きている間は、私を“保存”するな」
「保存?」
「標本のように扱うな」

ユグは少しだけ笑った。

「きみは標本には向かない。うるさすぎる」

振り返ったガブの顔に、かすかな不満が浮かぶ。

「真面目な話だ」
「わかってる」

ユグは手帳を閉じた。

「きみは種じゃない。研究対象でもない。ただの人間だ」
「それで十分だ」

短い答え。
完全に分かり合えたわけではない。それでも、何かが少しだけ修正された。
扉に向かいながら、ガブが言う。

「今日も追う」
「うん」
「逃げるな」
「努力はする」

いつもの応酬だが、さきほどの言葉が底に沈んでいる。
忘れられたくない人間と、忘れきれないが薄めてしまうエルフ。時間の長さは違うまま、それでも並んで宿を出る。
朝の街はすでに動き始めていた。
二人の距離は半歩。
その半歩に、今ははっきりと重みがある。

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